aspotaトップ会員登録(無料)お気に入りアスリートに追加更新お知らせメールを受信サイトマップ

« 『思い!』 | メイン | 『充実した日々!?』 »

「心ひとつ!被災地訪問!!」

7/29(金)〜31(日)、個人としては3度目になりますが、既に、ブログの中でも紹介しているよう、先般、設立したNPO法人ソフトボール・ドリームの第1回目の活動として被災地を訪ねました。

今回は、元オリンピック選手や日本代表選手等と共に、「東日本大震災元気プロジェクト」ソフトボール・ドリームクリニックと称し、宮城県の東松島市、女川町そして、気仙沼市に行って参りました。

29日は、宿泊場所確保の関係で、山形県に泊まり、1回目の訪問時にお世話になった山形市役所勤務の井田さん他、関係者の方と打合せを兼ねて簡単な食事会を行いました。

前回も私の似顔のケーキをプレゼントして下さった、レスキュー隊の矢萩さんから、NPO法人の設立を記念してのソフトボールの形のケーキをサプライズプレゼントされ、参加者全員が感動をしていました。

DSC_1137.jpg


食べるというか、そのケーキの形を崩すことが、もったいなく思いましたが、美味しくケーキもいただいてしまいました。

DSC_1140.jpg

また、4月にさくらんぼ畑に案内してくれた朽木さん、今回はそれは大きなスイカを贈呈してくださいました!
すごく甘くて美味しかった!


30(土)は、山形のホテルを7時に出て、会場である東松島鷹来の森運動公園に向かいました。昨年東日本大学選手権で戦った球場で9:00〜11:00の間、クリニックを行いました。

小・中学生、高校生そして、地元のクラブチームの方、総勢100名程が、クリニックに参加して頂き、大きな声と明るい笑顔で、無事、クリニックは終了しました。

当初、私の心の中では、被災地の皆にどのように接したらいいのかと、余計な心配をしましたが、被災地の子供だからといって何かを変えてクリニックをしてはいけないという結論に達し、普段とおり、メリハリをつけ、時には、大きな声をだしなぁ!人の目を見て、しっかり話を聞くこと等、少し厳しい言葉も交えながら、真剣に受講者のひとり一人と向き合いました。

sizedown20110730_1325.jpg

sizedown20110730_1478.jpg


クリニック終了後は、冷ラーメンの炊き出しを行い、クリニック参加者や関係者の方に味を楽しんで頂き、多くの笑顔に触れることが出来ました。

sizedown20110730_1526.jpg

sizedown20110730_1553.jpg

sizedown20110730_1595.jpg


今回、一番にお世話になった井田さんです。
sizedown20110730_1548.jpg

 
 


炊き出しの後は、参加者、ご父兄の方等、全員にサインを行い、午後のクリニック会場である女川町の多目的総合グランドに移動しました。

sizedown20110730_1624.jpg
 


女川町のクリニック会場に向かう時、海岸沿いを車で走ると、あの震災から4か月弱が経っているのに、道路のガレキ等は整理されているが、鉄筋建ての建物が相変わらず横たわっていたり、今回、初めて被災地を訪れたメンバーは、言葉を失い、涙すら浮かべる者もいました。

しかし、気持ちを切り替え、会場に到着すると、球場入り口には安住町長初め関係者が出迎えてくれました。14:50〜クリニックがはじまった。

sizedown20110730_1635.jpg


こちらも、午前中の東松島同様に、3つの約束を決めて行った。

返事は大きな声で!

人の話を聞く時は、相手の目をみる!

行動は速やかに、走って行動する!

少し、霧雨模様であったが、こちらも80名程の参加者のもと、無事、クリニックは終了した。

sizedown20110730_1650.jpg

sizedown20110730_1648.jpg


女川町は、2000年のシドニーオリンピック後の総合選手権大会の会場であった。

今の「なでしこJAPAN」のように、大会がはじまると会場は、観客が溢れんばかりであり、バスへの乗降時は、ファンに取り囲まれ、車が動けないようなフィーバーぶりであったことを思い出す。

それ以来、安住女川町長とも親交があり、女川名産のさんまも毎年贈って頂いた。

閉会式で、女川町ソフトボール協会の副会長さんの話によると、この場所も、女川町の復興計画の中で、グラウンドに違う建物を考えているような案もあるようで、涙ながらに、何とかこの地をソフトボールの憩いの場所として残して欲しいお願いをしているとのことでした。

私たちにできることがあったら、後押しをすることをお約束して、女川の町を後にし、


今日の宿泊地である岩手県一関市に2時間かけて、足を運んだ。

一日、2回のクリニックは少し、体にくるものもあったが、そんな弱音は、被災地の方の姿を見ていれば言っていられず、好きなソフトボールやれること、そのソフトボールをとおして、地域の活性化に寄与できることに感謝をしながら床についた。

 
 


31日(日)、一ノ関から今回の被災で大きな被害のあった気仙沼小学校に向かった。気仙沼小学校は、海岸付近ではあるが、高台に校舎があるため津波の被害は受けていないようで、被災を受けた方の避難場所として体育館には、未だに生活している方もいるようでした。

女川同様に、小学校に向かう途中の津波の被害を受けた平地の方は、家が崩れ、電信柱が横に傾き、信号機にも未だに電気が来ていない場所などを目にしながらクリニック会場に向かった。

「心が締め付けられた」

会場に到着すると、少し、雨が強く降りかけており、会場を室内に移してやるかの協議を関係者の方とおこなったが、やはり、室内ではやれる範囲に制限がかかってしまうので、小雨が降る中、校庭でクリニックは開始された。

sizedown20110731_1780.jpg


こちらの会場では、特に小学生が多かったせいもあるが、最初は、私を怖い!?と思っているのか、少し元気がないようにも感じたが、クリニックが進むにつれ、講師の三科さんの元気なパフォーマンスに盛り上がり、クリニックの最後には、指導者・先生方が私の速射砲ノックに更なる盛り上がりを得て、無事、クリニックは終了した。

sizedown20110731_1855.jpg

sizedown20110731_1884.jpg

sizedown20110731_1882.jpg

sizedown20110731_1869.jpg


私たちが車で帰る道路の両サイドに参加者が並んでお見送りをしてくれた。

DSC_1178.jpg


さて、今回の被災地訪問には、NPO法人の理事を務める高山樹里さん、更に、オリンピアとして、アトランタオリンピックに出場した柴田京子さん(旧姓、小林)、アテネ・北京オリンピック出場の三科真澄さん、私が日本代表のキャプテンをしたころ、日本代表選手であった沖田みどりさん(旧姓、松井)沖田さんと共に三重県で中学校の教員をしている佐野仁美さん、私のサンドバックでもあり!?一番の理解者でもある、シドニー・アテネオリンピック日本代表チームのマネージャーであった吉野弘美さん。その他、活動の記録をビデオ、カメラに収めてくれた興津さん、青野さん、須藤さん、広瀬社長。

興津さんにおいては、奥様も炊き出しを手伝ってくれました。又、自称私のマネージャーと小さな声で触れこんでいる株式会社RIGHTS.の中尾さん、私の「努力は裏切らない」「ソフトボール眼」をサポートしてくれたライターの小林ゆう子さん、そして、3会場で司会を務めて頂き、過去においては、私の披露宴の司会をして頂いたフリーライターの秋山かおりさん、この三日間、マイクロバスを運転して下さった井田さん、補助をかって出てくれた木村さん、更には、冷ラーメンを提供してくれたみうら食品の藤田さん他、炊き出しを手伝って頂いた会社の方々、おかしを提供してくれた株式会社カルビーさん、水を提供してくれた株式会社高陽社さん。

各会場の設営・運営をして頂いた地元関係者の皆さん、そして、クリニックに参加してくださった受講者のみなさんに感謝を申し上げます。

今回の活動は、私ひとりではできず、このような関係者の方々が、ソフトボールをとおして、みんなを元気にしたい、被災地の方々にパワーを与えられればという思いがひとつとなり、実現した企画であると確信しております。

このような集団が更にいくつも集まり、心をひとつにして取り組めば、何事も不可能なことはありません。

東日本地区の一日も早い復興を切に、切に、祈念申し上げます。

そして、この活動を継続的に取り組んで参ります。

4回目の被災地訪問も近々に計画したいと考えております。

ご賛同される方は、NPO法人ソフトボール・ドリームへご意見を下さい。

NPO法人ソフトボール・ドリーム ホームページ
http://www.aonet.atnifty.com/nposbd/
 
 

宇津木妙子
 
 

Calendar

2013年03月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリー





ミズノボールパーク

ユニチカメイト

Back Softball 2016